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2014.11.21

11/21(金)「太福、三席。」@浪曲協会

「よいお年を~」って早いね。

太福「出世の草鞋」
太福「地べたの二人と二匹の蟻」
〜仲入り〜
太福「義士外伝 陸奥違い」
(曲師 玉川みね子)

「出世の草鞋」は前半はもうクッソブラック企業みたいな雇い主に腹が立ちすぎの吉松が可哀想過ぎで泣けた。勿論最後は「実はお前の事を思って…」という展開になり万々歳だろうなと思うし、結局本当にそうなのだけど、いくらお前の事を思っているからといって、目をかけている証拠だからといって、あそこまでパワハラオッケー!な展開って有なのかなあと少し思った。どうりで太福さんもしきりに始まる前に「今の時代とは合わないとは思うのですが…」的な事を妙に言うなと。その子の事を思っていようがいまいが理不尽なオーバーワークを科してるのは事実な訳ですし。そして、昔はこういうのを「当然」と考えてたのかなあ、と高座以外の事を色々考えてしまった。

「地べたの二人」は前の話とはま逆で、なんの教訓も無く、ただ淡々と男二人が並んでいる場面を切り取った話。面白い。

「陸奥違い」はある貧乏御家人が知り合いの所にお金を貸してほしいという手紙を出すのだが、それを頼まれた中間がすかぽんたんな男だったせいで、持って行く先を間違えて大騒動。話が徳川家綱公まで行っちゃう。が、間違われた伊達の大名が親切で、相談先の機転のきく松平伊豆守のお陰でオールオッケー全員出世!な大ハッピーエンドで終わるという。こういうちょっとドタバタしてて最後が目出度し目出度しな話は太福さんによく似合っていていいなって思う。

太福さんの新作って目の付けどころが面白いなって思うのだけど、自分が思う浪曲らしさ(朗々と声を広げていく感じ)が少なめな気がして、新作にもそういうのがたっぷり入ってたらいいのになと思うけど、そういうのは古典で聴かせて新作ではあまりしばりなく自由にっていう感じなのかな。

随分と色の違う三席で楽しかった。

2014.11.20

11/20きゃたぴら寄席@連雀亭

楽日。

一乃「藪井玄意」
あおい「出世の笛」
駿之介「正直車夫」

駿之介さん、昨日とうってかわって随分静かに話しだした。大須演芸場の事や、色んな所で仕事をするって事とか、モデルさんとお仕事した時の事とか。島崎藤村の話をし始めたので一昨日の続きかと思ったら、「万世橋というのは昔や『よろずよばし』と呼ばれて…」と。車屋さんが出てきた所で「正直車夫来た!」と胸の中でこっそり喜ぶ。

貧しいけれど真面目で正直な車夫が、その正直さゆえに大成して、貧しい時に親切にしてもらった警官に恩返しするって「情けは人のためならず」なお話。落ち着いていて地の部分は七五調の流れるような口調で、台詞部分はグッと情緒深く。心地よくかつ胸にしみじみと。少し甘い声が話を固くしすぎてないのかも。良かったな、とっても良かった。

さすがもう数カ月後には真打ち昇進を控えているだけの事はある、力の差歴然と、という高座でございました。四日目楽日のトリが駿之介さんの「正直車夫」で良かった。

帰りにお写真をお願いしたら、最初は左から駿之介・一乃・あおいで並んでいたのに、すかさず駿之介さんをセンターにもってくるあたり皆様の心遣いさすがだなって思った。

そう、一乃さんは4日間連続物を読まれていて、三人とも皆連続だとちょっととっつきずら過ぎるかもしれないけど、せっかく4日間あるんだから、今回みたいにお一人位連続を読むってのもいいな。

楽しゅうございました。

2014.11.19

11/19きゃたぴら寄席@連雀亭

「コアな講談のお客さんばっかり」by駿之介

駿之介「三方ヶ原軍記」
一乃「藪井玄意」
あおい「沖縄はぶ娘」

駿之介さんは見知った「コアな講談のお客さん」の中にいた講談初心者風の人をこれでもかといじり倒してた。「三方ヶ原軍記」は修羅場を読みつつも、もう少し色々地の話も入ったもので面白かった。まだ新品に近い釈台を「いつかは傷も付くし…」と拍子木でそれはもうばしばしと。張り扇の作り方やマメ知識もいつも皆様が話すより詳しく。「これは常連の皆様も知らないでしょう!?」って。駿之介さんのバイタリティとか知識の豊富さにはいつも感心する。

一乃さんは昨日の続き。ちょっとした言い淀みや間違いがあるのがもったいなかった。一席の中で頻繁に出てくると聞いている方が不安になってしまうから。そういうのがなくなったら、すごくいいのになあと思う。自分「一乃さん大ファン!」ではないけど昨日も今日も飽きずに楽しく聴けた。

最終日はどうなるかしら。

2014.11.18

11/18きゃたぴら寄席@連雀亭

講談の日は三人。

琴柑「川中島合戦」
駿之介「島崎藤村」
一乃「藪井玄意 升屋の妙薬」

最初に駿之介さんが出てきて注意事項を言おうとするも、本日初出演ということでどうもまだ勝手がつかめていなくて、お客さんに教えてもらって「テヘヘ」なのんびり感。

琴柑さんは軍談をたっぷり。途中張り扇の破片が吹っ飛んでた。あの声と勢いで読んでいたら張り扇も疲弊するけど琴柑さんもそうとう体力を使うだろうな。終わったら体重が減ってそう。前に!前に!もっと前に!的な。軍談ではあるけど途中には旅に行った時の体験などもまぜつつで楽しく。

駿之介さんは藤村記念館でやってきたという島崎藤村の生い立ちを。こちらも色んな引きごとをいれつつたっぷり。勉強家なのか体験している事が多いのか(まあ、どっちもだよね)駿之介さんは本当に色んな事を知っていて、お若いのに聞いていて安定感があるよね。こういう伝記物とか年齢以上の説得力があると思う。チラシの写真が古いのだと…という話をしていたのだけど、個人的には今のちょっとぽっちゃりしている方がチャーミングだし、講釈師っぽいと思う。

最後は一乃さんで「藪井玄意」を続きで。聴いていると、これ前に南湖さんで聞いた話の後半からだ。先がどうなったのか気になっていたので嬉しい。声が大人の無理しすぎてない可愛い声って感じでいいなって思った。仲入り無で1時間半たっぷり。一人一人の持ち時間が長めなのがとてもいい。

帰りに三人並んで見送りしているのも微笑ましい。溢れる駿之介さんのお兄ちゃんっぽさ。
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2014.11.15

11/15「シネマの冒険 闇と音楽 2014 from ウィーンフィルムアルヒーフ・オーストリアの無声映画コレクション」@東京国立近代美術館フィルムセンター 大ホール

本日誕生日の片岡さんはタキシードで登場。

「フェニックス飛行機工場」
「芸術と手術」片岡一郎(説明)、Gerhard Gruber(ピアノ)

「フェニックス飛行機工場」は1916年のもので6分。題名通り飛行機工場で飛行機を作っている所をずっと映してる。失礼な話なのだけど「あれでちゃんと飛ぶのかしら…」って思った。
「芸術と手術」は1925年のもので105分。著名なピアニストが列車事故にあい、怪我をした手に殺人犯の手を移植した事で、殺人犯の心が手から伝わって来て自分を侵食していく…という妄想に悩まされて、というお話。「気のせいやで」と言ってしまえばそれまでなのだけども、一度考えてしまうとそこから逃れられないというのもすごくわかるので、しかも「ピアニストの手」だ、一般の人の手とは違う。

非常にシリアスな話ではあるのだけど、主役のピアニスト(オーラック)の芝居が、そのシリアスさに合わないような微妙な大きい感じで、そこはたまに違和感。繊細というより神経質という感じのオーラックの苦悩の台詞を片岡さんがまたいい感じの気持ち悪さで説明してくれる。

全体を通してどの場面も綺麗だなあって。オーラックの屋敷の中でも引きの絵が多いのだけど、それだけで絵になるし、オーラックの父親の家というのも入口から中までどれもシンプルだけど美しい。建物や調度品にセンスがあるから、ここだという角度から撮るとそれでもうカッコいい。そうそう見てる時から思っていたのだけど引きの画面が多いんだなあって。

メイドが黒幕に命令されてオーラックにいいよる場面で、足元にしなだれかかってくるメイドを撫でて、その行為に恍惚としているメイドの顔が良かった。絵になる。最後は殺人犯だと思っていた男は実は冤罪だという事がわかったので、オーラックの手も殺人犯の手ではない、となって目出度し目出度し。

こういう古い映画でしかも外国のものだから、今の価値観(映画的にも社会的にも)や日本の感覚と照らし合わせて「違うな」って思うのは違うんだよね。何かと比べたりしないで、そのものを楽しめたらいいなって思う。

先に見た「ソドムとゴモラ」と「カフェ・エレクトリック」では片岡さんの女台詞にグッと来てたけど、今回の「芸術と手術」では「顔はいいけど神経症でちょっと気持ち悪い男」のオーラックが良くお似合い(褒めているのです)。設定が設定だけに、何か終始お尻のあたりがぞわぞわするような感覚。面白い映画だった。

今日は先日と同じ轍は踏むまいと早めに来たつもりだったのだけど、予想以上に皆様はもっと早くて「出遅れた」と思うも、一応大丈夫そうな席を確保できて集中してみられて良かった。でもやっぱり変な所で変な音を出す人がいたりして、生で何を見るってまったくノーリスクって難しいなと。

そしてこの後はキネマ大森に。

2014.11.13

11/13「シネマの冒険 闇と音楽 2014 from ウィーンフィルムアルヒーフ・オーストリアの無声映画コレクション」@東京国立近代美術館フィルムセンター 大ホール

初フィルムセンター、なんだか不思議な雰囲気の客席。

「理想の映画作り」
「カフェ・エレクトリック」説明:片岡一郎、ピアノ:Gerhard Gruber

「理想の映画作り」は1914年作、7分。フィルム映画が出来るまでの工程をコマ送りで。映画を作るのって手間がかかるのねえって思う。こちらは音が入らないので、シーンとした中で、ただただじーっと見る。変な感じ。

「カフェ・エレクトリック」は1927年作、91分。お二人が登場、って片岡さんが黒紋付に袴姿!いい!すごくいい!。俄然気持ちが盛り上がる。私は中身も大事だけど見た目も大事にする派。こちらの映画は1927年作でマレーネ・ディートリッヒが主演。会社社長のお嬢様(マレーネ・ディートリッヒ)が、男前のジゴロ(というか詐欺師?)に引っかかって家の金とか指輪を持ちだしたりしておかしくなっていくのと同時進行で、このお嬢様の会社の男(名前忘れた、従業員Aで)が「カフェ・エレクトリック」の女(ハンジ)に惚れて、やっぱり人生がずれて行く。って話。

このジゴロがウルトラクソ男なんだけど、見た目がいいからバカ女がホイホイ捕まって、映画の間中もーお前もお前ももう少ししっかりしなさいよ!って思ってた。マレーネ・ディートリッヒは匂い立つような美しい人なのかと想像していたのだけど、まだお若いからなのかそこまで「お!」って感じでもなく寧ろハンジが可愛かった。堅気になったはいいけど仕事が見つからなくて「私は教育もないからお酒を飲んで笑ってるしかできないの」の台詞が切ない。賢くはないけど身の程を知っているって感じのするハンジが可愛い。

やはり衣装や調度品を見るのが楽しい。ワンストラップのパンプスが可愛いなあとか、ワンピースがどれも素敵とか。ストッキングをはく姿も今と違う。今の物みたいに糸が伸び縮みしないんでしょうね、ちょっとタルタルしてる。それを両手を足首から沿わせてしゅしゅっと上に上げて綺麗にする。はき方としては今のパンストのはき方より俄然セクシーだなって。てかパンストがダメだなパンストが。男性の重たそうなあのロングコートや帽子も素敵。白黒なのになぜかピンポイントで「このワンピースはこの色」って思ったり。

最初「カフェ・エレクトリック」という題名で勝手にこのカフェを今のカフェと思っていたのだけど、そうではなくてもう少しいかがわしい感じのカフェなんだよね。だからカフェのすぐ側にホテルがあって「都合よすぎだろ」って思ったけどそうではなくて、そういうカフェなんだから側にあって当然というか側にあって欲しいんだよね。

ウルトラクソ男が嘘泣きをする場面で、目に何かをつけて涙に見せようと(もしくは涙が出るようにしようと)してるのを見て「お直しかよ」と胸の中で呟いてみたり。ハンジがテーブルにいきなり絵を書きだすのもおバカだけど可愛い。

この映画最後が切れていてそこは字幕で補完、とりあえずハンジは幸せになったようでなにより。

でもってこちらもピアノはもうそれはそれはピッタリで。一瞬生の人が弾いているってのを忘れる(映画についてる音かと思う)位。そして片岡さんの説明ももうツボ。やっぱり女台詞がいい。先に書いた「私は教育もないからお酒を飲んで笑ってるしかできないの」の切ない感じも、「ろくでなし!」って怒気の籠った捨て台詞も、言われた瞬間「キュッ」っとする。でも今回はあの男前のウルトラ馬鹿男の歯が二万マイル位浮くようなクサい台詞もカッコ良くてお尻のあたりがモゾモゾする。とってもいい声なのです、非常に色っぽい。

一人がト書きから台詞まで全てを担当するという事で落語や講談と似ている部分があるけれど、絵がありそれに沿わす訳なので、そこがまた違う訳で。そういうのも面白いなあって思った。この時点ではまだ自分は映画を見に来ているというより話芸を聴きに来てる感じだよなって。それが良いとか悪いとかではなくて。

映画は楽しかったのだが、自分の席、前の若めな男は頭をあっちこっちに動かすから、こちらもそれに合わせて動かさないといけなくて鬱陶しいし、隣のオッサンは変な音を出すし、後はゲップするし、環境劣悪。ほとんどの部分スクリーンを見ているけれど、「あっ」って思う時には弁士がどんな風に声をだしているのか気になるので、弁士も見られる席に座りたいのだけど、会場初心者でどこの席がいいのかわからなかったのが残念だった。次回は頑張りたい。

終わってから一人のお客さんが片岡さんに「机のライトが画面に映っちゃってるから気をつけて」的な事を言っていて、おぉさすがマニアは面倒くさいって思ったが、自分も日本橋亭で見ていてPAブースに人がうろうろしていると「話の邪魔になるので出来るだけ動かないようにしてもらいたい」って思うから同じかって思った。

どこも似てる。

2014.11.08

11/8「EAST MEETS WEST日墺サイレント映画特別試写会」@赤坂区民センター

11/8「EAST MEETS WEST日墺サイレント映画特別試写会」@赤坂区民センター

怪獣の名前かと。

「雷電」
「Sodom and Gomor(ソドムとゴモラ)」
(どちらも説明は片岡一郎、ピアノGerhard Gruber)

「雷電」は短めの相撲コメディ。殿様に無茶ぶりされて素人が雷電と相撲をとるって話なんだけど、ただただ馬鹿馬鹿しくって楽しい話だった。
「ソドムとゴモラ」と聞いた時「怪獣?」ってのが思いついて本当に私って学がないなって思った。でも友人も同じような事を言っていてちょっとほっとした。本当は1922年のオーストリア映画。お金で買われるような形で年上の大金持ちの男の所に嫁いだ女が、元の恋人のアドバイスも聞かずどんどん堕落していって、元恋人は狂言自殺、あげくその旦那の息子まで誘惑しようとしたところで息子が父親を殺してしまう。

が、悪いのは女ということで逮捕され牢屋にいれられ、そこで神父が話始めて…とここから旧約聖書の『創世記』に登場する都市に舞台が移り、またそこでも堕落した女と市民が毎日バカ騒ぎ。そこに通りがかった男(イエス?)をバカ市民がバカ女の先導で火炙りにしようとしたら、神の怒りによって都市滅亡、女は塩の像になって…ってところで現代に戻ると息子が父親を殺す前(夢オチだったの)、女は自分を悔い改め、助けてくれようとした元恋人の病院に向かい彼に謝りハッピーエンドってな話。

内容的にはもう登場人物が皆もうバカで、んーもう!って感じ。主役の女が次々に男を誘惑していくのだけど、自分的にはその女の顔が美人に見えなかったのでいまいちそこは「んー」だったのだけど、まあ美人だからモテるって訳でもないしなあとか。白黒だけど衣装を見るのは楽しくて(なんだそれ!なデザインとかもあって興味深い。全体に変なぐるぐるがついてるドレスとか)、出てくる女性陣は美しいとは思わなかったけど、男性は素敵だなあと思ったのは、やはり時代の化粧のせいかな。出てくる神父が見た目的に非常に遠藤(お相撲さんの方ではない)な感じで、ああ素敵…と思った。

女が牢獄にいていざ神父が来るという時に、こんな状況なのに水をテーブルにこぼして、そこに自分をうつして嬉しそうに口紅を塗る場面が哀しかった。登場人物がおしなべて皆短慮。

こんなに長い無声映画を見たことが無かったので、最初は自分でも大丈夫かなと思っていてて、いざ始まると始めは「ああ、こんな風にピアノや台詞が入るんだ」って別々のものという感じがしていたのだけど、いつのまにか別のものだってわかっていながらもそれが気にならなくなり、すっごくのめり込んで見ることが出来た。

映画の面白さもさることながら片岡さんの説明がものすごくツボで。男前の声もぴったりでいい声ながら、女台詞が妙に生々しくて色っぽく、主役のバカ女の「死にたくない!」などの叫びのエロい感じに何度も「ウヒッ」っとなる。ト書きの部分の大仰な言い回しも映画ならではで、見た目どちらかというと柔らかい雰囲気なのにドンとした男らしい声はとっても聞きやすい。1時間半位ある映画だったのだけど、長く感じることなく見られた。

長く感じる事なくどころが、ものすごくヒットしてしまい、帰り道「あー残りの公演も行けるだけ行こう!」と思う。

片岡さんって3月に貞橘先生と共演された時に一度見ていて、その時は面白かったな―とは思ったし、その後も何となくは予定をチェックしていたのだけど、いまいちタイミングも合わず裏を返さないでいたら片岡さんは7月からドイツに行ってしまい、しばらく日本での公演がなく。今回一時帰国でいくつか会があるというのを知って、何故か妙に「これには行きたい」って気持ちになり(自分でも何故そんな「これには行きたい」と思ったのか理由はわからないのだけど)、元に決めていた予定をずらして見に行き、結果それが(予想以上の)大当たりだったと。

なんというか、「どんな演目を」「いつ見るか」「その時の自分の気持ちや演芸見るスキルのレベル」等々、色々込み込みでタイミングってあるよなって思う日なのでした。

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